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marron という鬱病+社交不安障害者♂が、病と向き合いながら一般就労を目指して頑張る毎日をつづるブログです!

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ずっと君の幸せを祈ってる

今日は、デイケアも作業所もお休みです。なので今回は私が鬱病になった原因について少し紹介させて頂きます。(`・ω・´)ゞ

以前の記事(2015年3月18日)でも、少しだけ触れましたが、私が鬱病になった原因はザックリ言って2つ。1つは就職に失敗したことで将来を悲観したこと。そして、もう1つが彼女への懺悔の想いの自責の念からです。就職に失敗した経緯については『私の入社式は、いつ?』(2015年4月2日)で詳述させて頂きました。φ(`д´)カキカキ

しかし、彼女への懺悔の想いの件については、全くお話していなかったと思うので、今回はこの件に関して記してみます。振り返れば、もう10数年以上も昔の話になります。当時、大学生だった私には中学生以来から付き合っていた女性がいました。(´∀`*)ポッ

ところが、私が地元から遠く離れた大学へ進学したため、地元に残った彼女とは疎遠になっていきました。私は彼女のことが嫌いになったのではありません。けれども、自分が彼女の恋人としてふさわしいかを考えた時、私は身を引くべきではないかと思い始めていたのです。(/ω・\)チラッ

そんな時です。ある日、大学の講義から抜け出して図書館で時間をツブしていた私が帰ろうとした際、背後から誰かが複数名駆け寄ってくる気配と物音を感じたのです。『エッ?』と思い、入口で振り返ると女性が2人息を切らせて立っていました。逆光で顔はハッキリ分かりませんでしたが、私は直感的に彼女だと思いました。後ろにいるもう1人の女性は多分、彼女の友人でしょう。( ゚д゚)ハッ!

こんな遠くの大学まで追いかけて来てくれた彼女に対して、私はあろうことか背中を向け、タバコに火を付けるとそのまま駅の方へ歩き始めたのです。こんな私の態度を見てキレた彼女の友人は「ねぇ、何で止まらへんの!」と私をなじり、彼女は大声で「コワイ!」と叫んでいました…。ヽ(;゚д゚)ノ ビクッ!!




今、思えば何て冷たい仕打ちをしたんだろうと思います。けれども、当時の私はコレが彼女のための最善の選択だと信じて疑わなかったのです。その過ちに気付いたのが、’事件’から10年近く経った頃でした。そして、毎日のように彼女のことを想い出しては『許してなぁ』と心の中で謝り、そして泣いていました。( TДT)ゴメンヨー

そこへ就職の失敗も重なりました。私は天罰が下ったのだと思いました。他に考えは浮かびませんでした。そして、あまりに自分を責めすぎた結果、鬱病を発症してしまいました。(´Д⊂グスン

その後、彼女のお兄様と電話で話をすることが出来ました。そして、彼女が家を出て結婚し子供もいることを知りました。そして、謝罪したいとの私の申し出は「今は、そっとしてやって欲しい」と断られました…。Σ(゚д゚lll)ガーン

他の女性とも付き合いましたが、今でも街で彼女に似た容姿の女性を見かけると心臓が高まります。Σ(´∀`||;)ドキッ!!
だからと言って、彼女とヨリを戻したいのではありません。ただ、彼女には私の分まで幸せになって欲しい、それだけです。'`ィ (゚д゚)/
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テーマ : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル : 心と身体

私の命は皆のもの

今日はデイケアを休んだので、今回は私の希死念慮について思うところを少しお話したいと思います。

私は元々、自分で言うのもなんですが繊細なところが有りまして、小学校高学年時に担任から受けた言葉による暴力で、すでに自律神経失調症を発病していました。子供でしたので精神科ではなく小児科で診察を受けていた時期が中学まで続きました。病状が安定したので自分で通院をやめ、そのまま高校、大学と比較的に平穏無事に過ごしていたのですが、先日このブログで紹介させて頂いたように就職でつまづきました。その結果、将来に対する不安や焦燥に駆られるようになり、持病である自律神経失調症を悪化させ、ついには鬱病を発病してしまいました。

それまでにも、自殺未遂を起こす素地があった私なので、鬱病になってからは少しでも気に病むような不安や心配、恐れを抱くと’死’を意識するようになりました。実際に行動に移さなくても、駅に行けば通過する電車に飛び込もうとする思いが頭をかすめたり、刃物を見れば自らの首を掻き切ることを考えたり、ベルトに触れれば首を吊った自分のイメージを想像したりします。その度に、自分の家族やデイケアの皆、今までお世話になった全ての方々のことを思い出し、『私の命は自分だけのものでない。自殺することは皆を裏切り、悲しませることだ』と戒めています。




それでも、どうしても死にたいと思う時は『死ぬことは何時でも出来る。大切なのは’今を生きる’ことだ』と自らの心に言い聞かせています。この思いが私のブログタイトルになっています。

テーマ : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル : 心と身体

病気の始まりは?

そもそも、私が鬱病になった理由はザックリ言って2つです。

1つは、就職に失敗したことで将来を悲観したこと。もう1つは、彼女への懺悔の想いからです。
『面接の時。どうして、あんなことを言ったんだろう…!』だとか、『なぜ、もっと彼女に優しくできなかったんだろう…!』とか、毎日毎日思いつめては、自室で一人泣き続けていました。友人はおろか、家族にも心配させないよう悩みを打ち明けることもなく、抱え込んでいる内に、体調が段々とおかしくなっていきました。

初めは、内科に通っていましたが、どんなに診察や検査を受けても、肉体的に異常は全く無いと言われた(もとい、突き放された?)ことで、さらに症状が悪化。食欲が無くなり、睡眠も取れなくなるに至って、『これは鬱病ではないか…?』と悟り、電話帳で調べた心療内科へ疲れ切った体をおして駆け込みました。

それからの記憶は曖昧ですが結局、病状は好転することなく、自殺念慮が消えないことで(実行する気力は、もはや有りませんでしたが)1か月後ぐらいには大病院の閉鎖病棟に任意入院していました。

このことに一番、驚いたのは家族です。私が入院するまで、家族には病気のことは隠していましたから。今から、約4年と4か月前のことです。

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デイケアを休む理由は?

デイケアは基本的に月曜日から金曜日まで毎日開所しています。

けれど、私が通う日は火・水・金の3日だけ。
月・木はお休みの日にしています。なぜか?

単に毎日通うのがツライっていうこともありますが、この日のデイケアのプログラムが’’食事会’’になっているのも一つの理由です。

「え~!?。食事会、楽しそうなのに?」という、訪問者さまの声が聞こえてきそうですが、この食事会。
メニューはメンバー同士が話し合いで決め、メンバーが中心となって買い物や調理を行うというもの。スタッフさんはヘルプに徹しています。

私は食事会そのものがイヤなのではありません。買い物なら喜んで?行きますし、米とぎや配膳なら出来ます。皆と一緒に食事するのも何ら問題ありません(社交不安障害ですが)。

ただ、包丁を使っての調理が精神的に負担になるのです。
というのも、2回目の入院の際に私は家の包丁を使って自殺未遂を犯した過去があるからです(当然、医療保護入院になりました)。

なので、今でも刃物を見ると心穏やかにはいられません。避けてます。
あの頃の希死念慮を思い出さないようになった時、初めて私は鬱病の闇から解き放たれたといえるのでしょうか?

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